横浜地方裁判所 昭和39年(モ)1651号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕申立人は本件仮処分の結果、異常な損害を蒙むるので仮処分を取消すべき特別事情ありと主張する。なるほど、申立人が本件仮処分の結果建物の建築を禁止され新店舗において営業を開始し収益を挙げることができないことにより得べかりし利益を喪失し損害を蒙むるであろうことは推認するに難くないし、<証拠>によると申立人は本件建物を殖産住宅株式会社より建物給付を受けることとし、金一一、六七六、〇〇〇円の債務を負担したが、本件仮処分により工事ができない結果同社との間に損害賠償問題発生の虞れあることが一応認められる。しかし、以上推認される損害にしても、<証拠>によれば申立人は本件建物の建築に際し被申立人らの土地使用承諾を求めたが条件が合わずその承諾を得ることができなかつたのに本件建築を強行するに至つた結果本件仮処分を誘発するに至つたものであることが認められるから、申立人の予想できた損害であり、自ら招いた損害である。かかる損害の発生を以て仮処分の取消を求めることは禁反言の法律に反し許されない。
しかしながら、本件仮処分によつて保全せられる被申立人らの権利は、被申立人らの土地所有権に基づく物上請求権ないし賃貸借終了に伴う土地返還請求権であるが、その地上に建物が建築せられることによつて土地の返還が不可能になるものでないことは、その建物が借地法にいう普通建物であろうと堅固な建物であろうと何ら変りなく、ただ返還に際し地上に建物がない場合に比しその収去に費用と時間のかかる限度が順次増大し困難を来たすに過ぎない。従つて、申立人の建築続行によりその権利の実行が困難となることがあつたとしても、これに相当な金銭的補償が確保されるなら終局的には権利保全の目的が達せられるものと認めなければならないし、かかる事情は独立して別個に本件仮処分を取消すべき特別事情になるといわねばならない。
もつとも、申立人は、特別事情として異常損害のみを主張し、被申立人側の金銭補償の可能性については何ら主張しないところであるが、元来特別事情に基づく申立である以上申立人の主張した事情如何にかかわらず、取消の可否を決すべきものと解するから叙上の如く解する妨げとなるものでない。(吉川大二郎著判例保全処分四二二頁参照)。のみならず、本件においては、被申立人らは金銭補償の可能性ないことを進んで主張しているのでかく解したからとて不意打となり防禦の機会を奪うともいえない。
被申立人らは、同人の被保全権利が明らかな本件に於ては本件仮処分を取消すべきでないというが、仮処分異議訴訟と異り、特別事情による取消にあつては被保全権利の存否自体は特に審理の対象となるものでないからその主張は失当である。また、本件建物の建築確認申請に当たり申立人は本件目的土地を自己所有地と記載し所有官庁を欺罔し、仮処分命令執行後も命令に違反し工事を続行したので社会正義の上から本件取消の申立は許されないというが、特別事情による取消の要件としては前記二項の要件が存在すれば充分であり、所論の如き事実は直ちに右理由による取消を妨げるものでないからこれまた採用の限りでない。(田口邦雄)